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    • 2017.03.24 Friday
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    遠くへ行きたい -33 ディープツアー大阪 その6

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      ディープ大阪ツアー その6

      いよいよ最終日、生野区のコリアンタウンです。

       

      鶴橋市場

       スタートは、JR環状線の鶴橋駅。ホームに降りると香ばしい焼き肉の香りがただよいます。そうここは、日本一のコリアン焼き肉地帯。駅の周りは焼き肉屋だらけです。そして隣接する近鉄電車鶴橋駅のガード下には、鶴橋市場が広がっています。

       ここは戦後の闇市から始まった市場で、狭い通路が迷路のように連なり、両側に所狭しといろんなお店が並んでいます。元々はいろんなお店のあるマーケットで、この迷路を歩くだけでも楽しいのですが、最近はコリアン人気が高まって、朝鮮半島系のお店が増えてきています。色とりどりのチョゴリ(朝鮮の女性の民族衣装)の店、香り高きキムチの店、もちろん朝鮮料理店。この雑然とした地域を南東に向けて歩きます。15分ほど歩いて古いアーケードを抜けると、コリアンタウンまではもう少し。

       

      コリアンタウンの歴史

       ここは生野区は猪飼野、御幸森商店街、通称コリアンタウンです。そもそもこの猪飼野に在日コリアンの方々が多いのは、もちろん大東亜戦争前に日本が朝鮮半島を植民地にしていたからですが、特にこの地域に定住された事は、瑞興寺の裏手を流れる平野川にとても縁が深いのです。ものの本にはこう記されています。

       「平野川は、江戸時代1704年の大和川付替え以降でも大雨が降るとたびたび氾濫し洪水をひき起こしていた。そのため治水工事が度々行われ、大正年間には曲がりくねる平野川を直線化し周囲を区画整理する工事により現在のような河道となった。その過程で、当時植民地だった朝鮮から労働者が集められ、猪飼野には工事に従事した朝鮮人がそのまま住みつき朝鮮人街を形成した。さらに抜本的な対策として、昭和4年(1929年)に平野川分水路(城東運河)の開削開始された。一旦は戦争の激化で工事が中断されたが、昭和33年(1958年)に竣工した」と。こういう歴史を知りますと、今の私につながる物事を感じ取れますし、街歩きの面白さも、より深まります。

       

      コリアンタウン食べ歩き

       昼食を朝鮮海鮮料理屋「福一」で頂きました。朝鮮料理と言うと、冒頭の焼き肉がすぐに浮かびますが、あれは元々の朝鮮料理ではありません。日本の在日コリアン社会で戦後闇市に生まれた「プルコギを発展させた創作料理」が始まりなのです。韓国は海に囲まれた国土ですし、貴重な労働力である牛を食べるなんてことは、日本でも特別な場合を除いて無かったことです。という事で、本来の朝鮮料理である海鮮料理に挑戦です。なぜ挑戦かと言うと、このお店は、活きたタコの刺身が名物なのです。

       タコの足のぶつ切りが海苔をまぶされて出てきました。動いています。箸で捕まえるのも一苦労、口に入れると頬に吸い付きます。剝がし剝がし口に入れます。まあおもしろいです。好んでたくさん食べる気はしませんが、ぜひまだの方は一度試して下さい。「福一」は、こんなゲテ物だけではありません。チェジュのアワビ粥が絶品ですし、チジミはボリュームたっぷりで美味しいです。他にも生イカのチャンジャ(キムチ汁で和えたもの)などが、僕は好みです。今回の「ディープ大阪ツアー」の大締めに、朝鮮海鮮料理を堪能して、大満足でツアーを終えました。ご希望の方、いつでもご案内しますよ  【完】

       

      −−−−−−−−−−−顛倒2016年11月号より

       

      以下 ↓ 実際のコース内容

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